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誰も私の思いなんて、苦しみなんて知る人はいない。
どこにもぶつけることのできない感情を、いつも手をきつく握ることで我慢する私だった。
車は文京区へ入り、閑静な住宅街へ。
そこにある、日本古来のという表現がぴったりのお屋敷が私の鳥籠。
玄関前で坂本は車を止め、すぐに降りると私の左側のドアを開けた。
私も車から降り、ゆっくり屋敷へと顔を上げる。
坂本には目もくれず、スタスタと足を運んだ。そして屋敷の中へ。
迷路のような廊下をたどり、自分の部屋に真っ直ぐ向かう。
途中途中、手伝いの者たちとすれ違っては「おかえりなさいませ」の繰り返し。
全てに苛立ちを感じながら部屋へ入ると、私はすぐにベットへ倒れこんだ。
「…もう、嫌」
そう呟き、疲れた体を休めていると、いつの間にか軽い眠りについていた。
気がつけば、コンコンと部屋がノックされていた。
ドアへ顔を上げて体を起こすと、手伝いの者の声が聞こえてくる。
「柚花様、御夕食の準備が整いました」
深いため息を吐いた後、体を運んではダイニングルームへ向かった。
そこへ入ると、すでに両親は席に着き、椿も腰かけるところだった。
「今日は何かしら?」
楽しそうな声で手伝い達に声をかける椿。
その隣へ、無言で私も腰かけた。
すると、お父さんがすかさず私に話しかけてくる。
「柚花、今日も華道を休んだそうだな?」
「…体調が悪かったの」
顔を上げることはせずに、ボソッと呟いた。
「先週もだろ?」
…だから何なの?そんな思いを胸に、キッと鋭い表情でお父さんを見つめ返す。
「お披露目は来月だということをわかっているのか?」
「…恐らく、私には無理です」
そう答える横で、椿は「ホントね、お姉さまには無理だわ」と一言添えていた。
「それでは困る。何度言えばわかるんだ?その日には高遠家のご長男もお見えになられるんだ。お前にはしっかり務めてもらわなければ」
「私よりも、椿に踊らせたらいかがですか?」
その言葉に、椿は顔色輝かせていた。
しかし、お父さんの表情は変わらなかった。
「ダメだ。長女であるお前がやりなさい」
その返しに、私は苛立ちを露にした。
「どうして私なの!?長女が何!?たかがしきたりの為に、なんで私が全てを背負わなきゃならないのよ!?」
この言い合いもまた、幾度となく繰り返されてきたものだった。
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