第1話

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誰も私の思いなんて、苦しみなんて知る人はいない。 どこにもぶつけることのできない感情を、いつも手をきつく握ることで我慢する私だった。 車は文京区へ入り、閑静な住宅街へ。 そこにある、日本古来のという表現がぴったりのお屋敷が私の鳥籠。 玄関前で坂本は車を止め、すぐに降りると私の左側のドアを開けた。 私も車から降り、ゆっくり屋敷へと顔を上げる。 坂本には目もくれず、スタスタと足を運んだ。そして屋敷の中へ。 迷路のような廊下をたどり、自分の部屋に真っ直ぐ向かう。 途中途中、手伝いの者たちとすれ違っては「おかえりなさいませ」の繰り返し。 全てに苛立ちを感じながら部屋へ入ると、私はすぐにベットへ倒れこんだ。 「…もう、嫌」 そう呟き、疲れた体を休めていると、いつの間にか軽い眠りについていた。 気がつけば、コンコンと部屋がノックされていた。 ドアへ顔を上げて体を起こすと、手伝いの者の声が聞こえてくる。 「柚花様、御夕食の準備が整いました」 深いため息を吐いた後、体を運んではダイニングルームへ向かった。 そこへ入ると、すでに両親は席に着き、椿も腰かけるところだった。 「今日は何かしら?」 楽しそうな声で手伝い達に声をかける椿。 その隣へ、無言で私も腰かけた。 すると、お父さんがすかさず私に話しかけてくる。 「柚花、今日も華道を休んだそうだな?」 「…体調が悪かったの」 顔を上げることはせずに、ボソッと呟いた。 「先週もだろ?」 …だから何なの?そんな思いを胸に、キッと鋭い表情でお父さんを見つめ返す。 「お披露目は来月だということをわかっているのか?」 「…恐らく、私には無理です」 そう答える横で、椿は「ホントね、お姉さまには無理だわ」と一言添えていた。 「それでは困る。何度言えばわかるんだ?その日には高遠家のご長男もお見えになられるんだ。お前にはしっかり務めてもらわなければ」 「私よりも、椿に踊らせたらいかがですか?」 その言葉に、椿は顔色輝かせていた。 しかし、お父さんの表情は変わらなかった。 「ダメだ。長女であるお前がやりなさい」 その返しに、私は苛立ちを露にした。 「どうして私なの!?長女が何!?たかがしきたりの為に、なんで私が全てを背負わなきゃならないのよ!?」 この言い合いもまた、幾度となく繰り返されてきたものだった。
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