第1話

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時刻は深夜0時を回り、部屋のドアを開けるとそこはとても静かな空気が流れていた。 音を立てないよう注意を払い、そっと足を運ぶ。 それに引き換え、胸の中は異様に鼓動が大きく感じられた。 それもそのはず。 今日、長年の計画を成功させるため、今まさに実行に移そうとしているから。 着なれたジーンズに長袖シャツ。 春と言ってもまだまだ夜は冷えるため、その上に厚手のパーカーを。 深めにキャップを被り、手には履き慣れたスニーカー。 そして背中に背負ったバックには、手帳と今までのお小遣いを貯めに貯めた現金146万円を入れた茶封筒。 今の私に、他に必要なものなんてない。 携帯電話や保険証など、個人情報が分かってしまうものは全て置いていくの。 これも全て、新しい自分になるため。 息を殺しながら、ゆっくりと、辺りを見渡し慎重に足を進めた。 今日は、お父さんもお母さんも春の着物展示のため海外へ出向いることを知っている。 主が不在のとき、手伝いの者たちも警備の者たちもどこか気を抜くことを知っている。 そして深夜1時、警備の者たちは交代する時間なのを知っている。 もうすぐその交代の時間。今ごろさらに気が抜けているでしょう? 絶対成功させてやる。 強い思いを胸に、さらに足を進めた。 もちろん、玄関なんて使わない。自分の部屋から出られたらよかったんだけど、2階からでは降りるときに見つかってしまう可能性が大。 どこがいいかと悩んだ末、決めたルートは客間の和室。そこから庭へ出ると、塀を乗り越えればすぐに外の道路へ出られるのだった。 まずはそこまで、誰にも見つからないこと。 私の予想は的中したのか、気の抜けた者たち誰ともすれ違わず、和室まで来ることができた。 襖を開けて足早に中へ入り、次に窓の側へ。 鍵を開け、地面にスニーカーを置く。 履いては窓を閉め、庭を駆け抜けた。音を立てないよう、最善をつくして。 息を整え、そして塀を見上げた。 ここを乗り越えれば…! 馳せる心を静めようと深く呼吸する。そして、もう一度辺りを見渡した。 深夜の庭は、怖いくらいにひっそりしていた。 そして再び塀を見上げる。 どこぞのお嬢様には、きっとここを乗り越えるなんて無理でしょう。 でも私は、ずっと計画してきたの。屋敷から抜け出すことを。 そのための予行を幾度となく繰り返してきた。
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