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これぐらいの高さなんて、軽い軽い。
そして、距離を確認しては助走をつけ、勢いよく走り出す。
塀に寄り添うように立つ松の木を上手く利用しながら、よじ登って行った。
塀の上までやって来ては、止まることなく反対側へと飛び降りた。
着地してすぐさま足を運び、その場から立ち去った。
しばらく駆けてきたところで、息を整えながら後ろを振り返る。
そこには、静かな空気がまだ続いていた。
それを見て、少しずつ胸が熱くなる。
…やった。
屋敷を背にしては、さらに感情が。
やったやったやったやったぁ!私、出られたんだ!
外灯の下まで行き着いたところで腕時計を確認すると、時刻はあと10分ほどで1時を回る。
誰にも見つからなかった。すれ違うこともなかった。
ということは、明日の朝、坂本が部屋に来る7時までは誰も気づかない。
そう胸の中で呟いて、拳を握りしめてはガッツポーズ。
嬉しさを大きな声で表現したかったけれど、さすがにまだ近所ということもあり控えておいた。
でも、油断は禁物。
まずは自分の足で、行けるところまで行ってみせる。
なるべく公共手段を使わずに、人目を避けてできるだけ遠くへ。
真っ暗な道のりだというのに、心の中は眩しいくらいに明るかった。
まず、行けるところまで行くにはいいけれど、どこへ向かおうか?
行き先を誤れば、すぐに見つかってしまう気がする。
そこも慎重に選ばなくちゃ。
顔を上げると、外灯以外にもお店等の明かりがそちこち着いていた。気づけば住宅街から、町中へ。
コンビニの前を通り、ふと見てみると、入り口から出てくる1人の男性。
私は一度視線を外すも、二度見した。
その男性が、コンビニを出ては入り口前で足を止め、空を見上げたから。
スーツの上にだろうか?トレンチコートを羽織っている。
その立ち姿に、私の心臓は一度、ドクンッと大きな音を立てた。
その男性がゆっくりとこちらを見た瞬間、互いの視線が重なる。
と同時に、私の足はそこで立ち止まった。
「…柚…花様?」
その声を聞いた次に、私は勢いよく身を翻し駆け出した。
…うそでしょ!?どうしてここに坂本が!?
心臓は駆け出す足と一緒に、とてつもなく大きな音を奏でていく。
「柚花様!?」
後ろから追いかけてきているであろう空気が伝わってきた。
やだ!絶対ダメ!
こんなところですぐに捕まってなるものか!
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