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逃げるものの心の鉄則。後ろを振り返ることなかれ。
私はひたすら前を向き、走ることだけに尽くしていた。
細かい路地に入っては、さらに路地へと曲がる。
まさに全力全身だった。
どこまで走ってきたのか、辺りはすでに見たこともない場所だった。
路地の隙間に隠れてしゃがみ込み、息を整える。
「ハァ…、ハァ…、ハァ…ッ」
そして、そっと顔を出しては回りの様子を伺った。
落ち着いた空気が広がってることに、少し安堵した。
せっかく誰にも見つからずに屋敷を出たっていうのに…。よりにもよって坂本に会ってしまうなんて。
長年屋敷の様子を調べていたけど、最後まで唯一わからなかったこと。
それは、坂本の1日の行動だった。
屋敷に居ないと思えば居たり、さっきまで居たはずなのに居なかったり。
まさか、こんなところで痛手になるなんて。
あんなところでいったい、何をしていたの?
いや、そんなことはどうでもいい。
坂本のことだ、きっとすぐに屋敷に戻ってお父さんに報告するだろう。
恐らく、警察には連絡しない。お父さんが事を大きくしたがらない人だから。
家の者たちで私を探すか?あるいはどこかに応援でも頼むだろうか?
これを機に、私を見捨ててしまえばいいのに。
そこまで考えて、大きく息をついた。
お父さんは、しきたりが絶対だ。意地でも探し当ててくるに違いない。
せめて、来月のお披露目までは逃げぬかなければ…。そうすれば、結婚がなくなるかもしれない。
何か、変わるかもしれない。
ほんの少しの可能性を胸に、私は立ち上がった。
さらに辺りを見渡し確認して、そこからゆっくり離れ出す。
腕時計を確認すると、すでに1時を回るも、30分過ぎたところだった。
今までにないくらい、長い1日になりそうだ。
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