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骨董屋
繁華街に張り付くネオンサインが、浮かれた表情を殊更醜く歪ませて僕を嘲る。
今日もまた仮病を理由に仕事を放棄した僕は、黄ばんだ蛍光灯の瞬くカビ臭いアパートの階段を軋ませ、塗装の捲れかけたドアのひとつを潜る。
代わり映えの無い日常。
無造作に脱ぎ散らされた趣味の悪い深紅のピンヒールパンプスを一蹴すると、ドアポストから零れ落ちた詐欺紛いの通販広告やピンクチラシを足先で追いやる。
喜怒哀楽を放棄しかけた視線がふと、足元に散らばる茶褐色のチラシの上で止まった。
瞬きを繰り返す裸電球が映し出す、セピア調のくすんだ藁半紙に滲むように書かれた筆文字。
『骨董屋』
紙面に書かれているのはその三文字と地図と覚しき図解だけ。他を探すまでもなく三文字の筆文字以外、店名らしきものは見あたらなかった。
普段なら目もくれないような類の店だったが、その異空間めいたチラシが僕の好奇心を妙に刺激していた。
手にした藁半紙がカサカサと乾いた音を指先に振動させる。
何か酷く懐かしい臭いと手触りに、ちゃぶ台の上にご丁寧に広げてみた。
どうやら店はすぐ近所のようだ。
骨董品など愛でた試しもないし何を見に行くつもりでもなかったが、僕は無性にその店に興味をそそられていたのだった。
いつものようにちゃぶ台に置かれたスーパーのビニール袋を弄り、冷えたホットドックにかぶりつく。
視線を藁半紙に落としたまま襖越しに聞こえてくる女の寝息を確認すると、好奇心は一層解放感を増した。
なに、食いに困る訳でなし。会社など無断欠勤すれば良い。
決断してしまえば何の事はなかった。翌朝の煩わしい着信音に高揚感を害されたくない一心で、携帯電話の電源ボタンを躊躇無くオフにする。
生活に関わる稼ぎは全て、今六畳間で寝入っている静佳が稼いできてくれる。
所謂ヒモである僕には、特段差し迫って働きに出る意味は無いに等しかった。
クビになるのもまた一興か。
藁半紙に頬ずりをするようにひとりごちると、僕はちゃぶ台に突っ伏したまま何時しか深い眠りに吸い込まれていった。
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