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地図を辿って踏み出されていた脚が歩みを止めたのは
一軒の荒ら屋の前だった。
単に古民間の庇変わりに看板を取り付けたに過ぎないその佇まいは、何時か子供の頃に訪れた遊園地のお化け屋敷の風情をそっくり醸し出していた。
その看板すらも『骨董屋』と辛うじて読み取れる程に雨風の痕を染み着かせ傾きかけている。
まるで人気が無い薄暗い店内を何気なく覗けば
ガラクタ同然にしか見えない壺やら陶器やらが朽ちかけた木製の棚に所狭しと並べられている。
開店などしているのかすら怪しい店内へと、開け放たれた引き戸の木枠に所々なぞられた虫食い部分を横目に見ながら一歩、進入する。
客どころか店員らしい人間の姿は一向に見えない。
看板を見る限り確認する必要のないことは明白だったが、僕は手にした藁半紙に受動的に瞳を落とした。そういえば開店時間すらも明記されていない。
単なる定休日か開店前だったろうか。
店の品々には目もくれず踵を返した
刹那だった。
「お客さん。何をお求めで?」
携帯ラジオの捻り出す雑音にも似たしゃがれた老人の声に、僕は弾かれたように振り向いた。
何時の間に現れたのだろうか。そこには男女の分別すらままならない程深い皺を年輪の如く顔面に張り付けた店の主らしき人物が、口元をモゴつかせて佇んでいた。
「何をお求めで?」
身体半分だけそちらへ向けて凝固する僕に、主は口角を持ち上げながら同じ質問を繰り返した。
目深に被ったニット帽と薄暗がりのせいで目自体の存在を殆ど確認出来ないが確かに笑っている。
明らかに胡散臭い店である事を主張するような店主の登場に些か戸惑いつつも、正直な所何を買いにきた訳でもなく並べられた骨董に購買意欲を掻き立てられた訳でもなかった。
しかしこの奇っ怪な老人が放つ得も言われぬ亜空間を前にして、僕の好奇心は一瞬にして畏怖の念へと変貌を遂げていた。
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