14人が本棚に入れています
本棚に追加
「いや…別にこれといったものは…
そうですね…しいて言えば
今日までとは違う明日を見る事が出来る…『何か』ですかね。」
思わず口をついて出た言葉に戸惑いつつも、僕は何処かで期待をしていた。
手にした藁半紙が微風に囁くように小さく揺れる。掌が無意識に汗ばんでいた。
「ほほう…?それならうってつけの骨董がありますとも。
ちょっとお待ちなさい。」
え…?何だって…?
店主は皺に埋もれた唇をモゴモゴと動かしながら、すぐ真横の棚の一番下に半身を潜らせ始めた。
いや、まさか僕のような欲求も無い者の、そんな無理な注文を満たせる骨董などこの世にあるものか。
どうせこの老人の主観で妙な趣味を押し付けられるだけだろう。
感情に反して僕の胸は不思議と高鳴っていた。馬鹿馬鹿しいという思いと相対する期待感。
一体どんな品物を見せようと言うのか。
「さて…見つかりましたよ。
どうら、珍品でしょう?」
「…は?」
主の皺くちゃの手に握られていた物を見て僕は疑問符だらけの頭を大袈裟にもたげた。
それはどう見てもボタンだった。
所謂玄関先の壁に取り付けてある旧式の丸い押しボタンである。壁から外されたであろう長方形のプラスチック枠に埋め込まれている形状を見るからに間違いようがない。
あからさまに眉を潜めた僕の様子を予期していたと言わんばかりに、皺に埋もれた口の端は一層上を向き、狭い肩先は心底愉快そうに震えている。
最初のコメントを投稿しよう!