プロローグ

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 ――大陸の西の端、ラムザ連合国に属する村の、ある日の晩。  耕された広大な大地と、鼻に付く堆肥の匂いから、この村が農業を生業にしている事が分かる。  その日は風も無く、穏やかそのものだった。そのまま、一日が終わる筈だった。  ――闇が村を訪れるまでは。  突如、悲鳴が上がる。それに触発され警鐘が鳴らされた。それまで静かだった村が一変し、人々の焦りを感じさせる怒声や泣き声が飛び交った。  村民達は次々と地面に伏していく。  鉄のような独特の臭いが辺りに漂い、村の建物は音をたてて倒壊。  景色が、燃え盛る炎の色に染められていった。 「坊や、絶対出てきちゃダメ。ママとの約束だからね」  母親は少年に優しい声音で語りかけた。  母親は悟っていた。自分は死ぬと。これが最後のふれ合いだと。だから願った。二人とも死んでしまうなら、息子には生き延びて欲しいと。  少年は母親に力強く抱き締められた。額にキスをされた。そして、母親は少年の前から立ち去った。  生き延びて欲しいという母親の願いは、しかし、少年に届かなかった。  母親は少年の唯一の肉親だった。決して裕福な生活ではなかったが、沢山の愛を注いでくれた掛け換えの無い存在だった。そんな母親との別れを、幼い子供が耐えられる筈がなかった。  少年は言い付けを守らず、母親の後を追う為に勢いよく外に飛び出した。  するとすぐに、少年の瞳に華奢な人間が倒れていく様が映し出された。  六歳になったばかりの少年は、この光景を時が止まったかの様に瞬き一つせず、無表情で見詰めた。  そして、華奢な人間を母親だと認識する。母親が倒れてからも、少年は母親から視線を反らさなかった。  しかし少年と母親との間に一つの闇が現れる事で、それは敵(かな)わなくなる。  その時、少年に迫った炎が闇の姿を照らし出した。  少年は、男の足元から顔までをゆっくりと虚ろな瞳で眺めた。  銀髪を短く刈り込み、額に派手な傷がある壮年の男だ。四十代前半と言ったところだろうか。大柄な体格で、何度も死線をくぐり抜けて来たであろう強者の雰囲気を纏う男だった。漆黒のローブに身を包み、肩からは紅の剣を提げている。銀色の髪が目を引き、男の眼からは、強い意思のようなものが窺えた。
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