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「大久保君、お客様!」
安心して出かけたのに、僕は今日、何度も先輩からこの言葉をかけられていた。
アゲハの留守番についてはさほど心配していない。そうじゃないことで、今、頭はいっぱいだった。
「どうした?体調悪いか?」
レジの客が引いたところで、大学の先輩でもある田所さんから声を掛けられた。
「いいえ。体調は、悪くないです…」
「まぁ、顔色は悪くないか。なんつーか、上の空って感じだな」
「すみません。しっかりします」
しっかり言い当てられて、僕は顔を上げられない。
「あぁ。頼むぞ」
はい、と返事をして、頭を振る。今は、バイト中なんだから、集中しないと。
家を出てから、いや、昨日の夜からずっと、僕の頭の中はぐるぐるとしている。
一昨日の朝、僕はアゲハに言った。
「蝶に戻れるまで、ここで暮さない?」と。
でも、まだその方法の欠片も思いついてはいない。誰かに聞いて解決する問題じゃないし、そもそも、元に戻れるのかさえ分からない。
そして、昨日思い知った。
リミットがあることを。
だから、僕は焦っていた。
そして、今日のこの不手際。
バイトをなんとか終えた僕は、喫茶店近くの雑貨屋で日傘を買った。
黒地で、生地の先にフリルのついた、アゲハに似合いそうな日傘を。
今日の休憩中に考えた方法を試すために、必要なアイテム。というか、暑さに弱いアゲハが出歩くためには、必須なアイテムだ。
急いで家に帰ると、アゲハは子供向けのアニメ番組を見て笑っていた。
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