それは突然

2/10
前へ
/38ページ
次へ
今日も天気がいい。 部屋のカーテンを開けながら宮城野航耶(みやぎのこうや)はポツリと独り言。 誰もいない部屋で言う事も多くなった。歳かな・・・。 一人暮らしを始めたのは大学1年生からだから、はや14年。そんなになっちまったか。朝から何だろう・・・今日は感傷的だ。 銀行員は清潔が一番、身支度は念入りに・・・。 今は融資部係長。 支店の中では大きい店で『未来の店長候補』だの『エース』だのと呼ばれ、銀行の女性行員から熱い視線を浴びている。 何の欠点も無さそうだが、隠し事が一つある・・・これはないしょ。 さて、ズボンのプレスも完璧、髪を綺麗に撫でつけて整える。 歯磨きは念入りに・・・自分は行員の手本とならねばならない。 客先でも第一印象は大切だ。 爽やかさ、笑顔、言葉使い・・・全てに気を使う。 髭も丁寧に剃り上げて顔にはローションでツル肌だ。 鏡に向かって・・・「よしっ!」と向こうの自分に言ってやる。 Yシャツはクリーニングしている。スーツは毎日スチームアイロンでしわ伸ばししている。ズボンはきっちりプレス機に入れて一晩・・・パリッとしている。 これは一種の戦闘服だ。自分の命に関わるくらいの意気込みでスーツを纏う。 さあ、出勤だ。朝は食べない。 向こうについてから珈琲を一杯・・・女子行員が淹れてくれる・・・それでいい。 ここは新宿・・・ココの朝は夜の賑わいも夢のあとの様な静けさだ。 細長い雑居ビルの最上階の部屋に住んでいる。 勤務地は逆方向だから朝からラッシュにもみくちゃになることなく、タブレット端末で〇経新聞を読みながら電車に乗るのが日課だ。 勤務地は八王子、都下の中でもひときわ大きい街だ。 中央線快速でそんなに時間もかからない。 今日は女子行員の久保田さんが珈琲を入れてくれた。 「ありがとう」 「いえ、宮城野係長、今日も外回りですか?」 「午後から外かな。そのまま直帰する」 「合コンあるんですけど行きませんか?」 「あ・・・出先、大田区なんだよね。そのまま自宅だからこっちには来ないかな」 「そうですか・・・残念。宮城野係長が来るとなったら女子いっぱい集まるのに」 「あははは・・・買いかぶりすぎだよ」 「では今度、外回りじゃない時お誘いしますね」 「そうだね」 少しは参加しないと怪しまれるとは思うけど・・・飲み会は参加しているし・・・そんな事を考えながらデスクへ向かう。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

382人が本棚に入れています
本棚に追加