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それに私は、彼に対して大きな安心感を持っていた。彼は指一本触れてこないのだ。
適度な距離感をしっかりと確立してくれて、私に対して妙な目で見たり体に触れるようなことは一切しない。そのことは私に大きな安心感を与え、恥じ入っていた胸の大きさすら気にせずに過ごすことが出来た。
ところが、数カ月しておかしなことに気が付き始めた。
あれ、あると思ったのにな――? そう……財布の中身、の話。
最初は、500円前後だった。あると思った小銭がないなって、そのくらい。几帳面に家計簿をつけていたわけじゃなかったし、困るほどの金額でもなかったから左程気にしなかった。
自分の思い違いなんだろうって、必死にそう思い込んでいた。
だって彼は相変わらず少し頼りない感じで、ふわーっとしてて。この人は私が守ってあげなきゃって思わせられていた。
正直言うと、彼が私の財布からお金を取ってるんじゃないかと言う予想は早いうちからついていた。
……でも、それでもいいと思っていた。
なんとかなる範囲だし、生活に影響もない。
彼は優しいし、それで私の傍でいてくれるなら――って。私の考えはすでにおかしくなっていた。
いや違う。初めからおかしかった。
「助けてあげたい」なんて、完全に恋なんかじゃない。それはただの独りよがりな慈善活動だ。
だから、そんな信頼も何もない、一方的な変な同情だけの関係はすぐに破たんを迎えた。
最悪なことに、大金と共に。
『なんとなく』の言葉を添えて、ある晩初めて彼にキスをされた。ふわっと柔らかな表情を浮かべて笑う彼。
なぜ彼がそんなことをしたのか、今でも分からない。
けれど、私に安心感でも抱かせるためか、はたまた罪滅ぼしの気持ちだったのか……どちらにしろ、私のことを想ってのキスではないキスをされた。
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