1167人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
けれど無情な神様は私には微笑んではくれないらしい。
「江藤。お前何やってんだ?」
電気がついてからわずか数秒後。上から見下ろして、私に影を落とす永友補佐の靴先が目の前に見えた。
「補佐……」
逃げられないことを悟って、明らかに泣きましたって酷い顔で見上げると、補佐は苦い顔を私に見せる。
そのまま私の方へと一歩詰めると、私の顔を覗きこみそうな勢いで補佐はしゃがみこんだ。
「え……? あの、補佐?」
「お前、電話で何か言われたの?」
驚きのあまり顔を上げると、ジッと射るように私を見つめる補佐の瞳とレンズ越しにかち合った。
その眼をいつも逸らすことなく見返せるのに、今は見つめ続けられなくてパッと瞬時に逸らす。今だけは何も覗かれたくないって気持ちが大きい。
「べ、つに。何もない、です」
言いながら、なんて子供っぽい言い方をしているんだろうって頭では分かっていても、上手く社会人らしい対応が出てこない。
「言いたくないのか」
またじっと覗き込もうとしてくるのを感じながら、それを遮るように手のひらで目を隠しながら横を向いて強く言い返す。
「そう言う訳じゃなくて、何もなかっ」「じゃあ、相手の名前は?」
即座にそうツッコまれて、私は声を詰まらせた。……言われたことに答えられない。
どうして今まで気が付かなかったんだろう。あれだけ長い間電話受けてたくせに、相手の名前すら知らないなんて。
――最低、だ。
初歩的ミスにも程がある。
泣きはらして赤くなっていた顔を私は一瞬で青くして、補佐の方へとようやく顔を向けた。
目が合うと不出来すぎる自分に恥ずかしくなってきて、今度は赤くなる。
お客様の名前を聞いていないなんて、電話を取っておいてあり得ない失態――何の言葉も出てこなくて、俯いた。
最初のコメントを投稿しよう!