起:初めての恋

3/10

1167人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
 「お世話になりました!」  入社して丁度3年目を迎えた今日。  今までお世話になった営業部の面々に丁寧に挨拶をしながら、少し涙を浮かべたり笑ったりを繰り返してから総務課へ異動した。  今まで私の座っていた席には、今日これからくる新人が座る予定。  綺麗に机や引き出しを拭いて席を立つと、いよいよここから離れる実感が湧いてきて、嬉しさ半面、寂しさ半面の気持ちを抱きながら一歩を踏み出した。  ゆっくりと噛みしめるように歩きながら営業部の出入り口前に立ち、段ボールに詰めた荷物を持ってくるりと回れ右をする。  室内を見渡すと、今までと全く同じ風景のはずなのに、私がいた筈の営業部はもうそこにはなくて……なんだか新しい場所みたいになっていた。  気持ちの問題かもしれない。けれど、そこはもう私の居場所じゃ無いような気にさせられる。  初めて感じる異動者の気持ちをじわりじわりと感じながら、ひゅっと息を吸い込む。  そのままゆっくり頭を下げて、営業部の部屋に向かって心の中で挨拶をした。  『ありがとうございました!!』  これは中学校で始めた演劇部で顧問の先生に厳しく指導された一つで、お世話になった舞台への挨拶と全く同じ気持ちで私はしている。  演劇部では、練習の後必ず全員で入口に立って並び部長の掛け声の後に『ありがとうございました』と、舞台と体育館の全てに対し挨拶をしてから解散していた。  初めは何に挨拶をしているのか不思議だったけれど、続けるうちに舞台を使わせて頂いた感謝の気持ちを込めてその空間全てにお礼を言っているんだって分かるようになった。  そしてそうやって感謝できることに幸せを感じられるようになった私は未だにその習慣が抜けなくて、社会人になった今も会議室だとかいろんな場所でつい頭を下げて挨拶をしてしまう。  当時は大声でありがとうございました! と叫べたけれど、さすがに職場で叫ぶわけにもいかず、今では心の中でお礼をするにとどめてはいるけれど。  
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1167人が本棚に入れています
本棚に追加