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クウコ1
もう随分の土地を見てきた。
暫くの間自分の里に籠っていた狐にとって、放浪はそれだけで楽しめるものであった。
けれど望むような人間にも会えず、此処まで来てしまったのも事実。
自分の探しているような人間は、もう居ないのだろうか。以前はよくよく見かけたものだが。
いやしかし諦めるにはまだ尚早と小さく頭を振ると、この辺りを治める者の名は何といったか、先程聞いた名と姿を思い浮かべる。
往来の活発な町の中、ふいにすれ違った男。何故とはなく、狐はその相手を目で追ってしまった。
一瞬すれ違っただけで、更には思い耽る自分の目を引いた存在感に、さてはこれが風格というものかと低い鼻を動物的にひくつかせる。あるいは、彼が自分の求める人物なのだろうか。
「もし、少しよろしいでしょうか。」
この者の目を見たいと半ば無意識に思えば、考えるより先に声をかけていた。
その声は確かに相手に届いたようで、相手はぴたりと歩みを止めた。
ゆっくりと振り返ると、こちらの姿を認める。
紫紺の頭髪に左目を覆う眼帯。その容姿は先ほどまで思い浮かべようとしていた人物のそれで。
「今、私を呼び止めたのはお前か?」
不快だと、隠す気もなく冷めた声。
こちらを見る瞳も同じように冷めきっており、しかしその奥にある種の光を見つけ、狐は耐えきれず 笑みを浮かべた。
ああ、これだ。
これが己の望んでいたモノだ。
己の嗅覚も捨てたものではない。
そのまま、狐の郷里で使う礼の形をとる。
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