614人が本棚に入れています
本棚に追加
その小さい手が私の手をギュッと力強く握った。
泣かないとお母さんに約束したから。
私は膝を付くようにしゃがみ、志稀君を抱きしめた。
「…志稀君…今日だけは…今日だけは…泣いていいから…今日だけは…。」
その言葉に、ずっと我慢してきたのだろう。
志稀君は私にしがみつき、声をあげて泣いた。
きっと、翔兄の所へは蓮兜兄が行っている。
私と志稀君の様に一緒に涙を流しているのだろう。
廊下に悲しい叫びが響いていたから。
志穂さんは志稀君の荷物を全て纏めて病室に置いていた。
翔兄が志穂さんの親友と話をして、こちらへ来た。
そして、私と志稀君が座るソファーの前で志稀君の視線へとしゃがみ込んだ。
『志稀。今日からお前は、俺と暮らすんだ。お母さんは、もう居ない。お前は、男だ。俺がお前を強く逞しく育てる。だから、泣くんじゃない。お母さんと約束しただろ。泣いていいのは今日だけだ。男が涙を見せたらダメだ。いいか。志稀。』
昨日、志稀君は5歳になった。
志稀君は翔兄の言葉をただ黙って聞いて、そして頷いた。
この子は強い。
きっと、翔兄と上手くやっていける。
そう思えた。
「志稀君。お姉ちゃんも一緒だから。あそこに居るお兄ちゃん達も、いつも側に居るから。大丈夫。志稀君は一人じゃないから。」
翔兄は昨日、志稀君の5歳の誕生日に志穂さんから自分へと志稀君の籍を移したらしい。
その時に志穂さんが翔兄に言ったらしい。
《翔の妹。蘭花ちゃん。あの子は、きっと志稀を大切にしてくれる。あの子の目は嘘をついていなかった。あの子、凄く強い子よね。色んな事、乗り越えてきたって顔してる。凄くいい顔してる。翔だけじゃ心配だけど、蓮兜君と蘭花ちゃんが居てくれるから、安心だわ。》
と。
俺はそんなに頼りないか?と翔兄は言っていたけど、それは志穂さんなりの翔兄への秘かな逆襲だったんだろう。
愛していたのに自分の為に勝手に身をひいた翔兄への。
最初のコメントを投稿しよう!