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「一目お会いしてェんだけどなァ。ひいじいさんが一度拝顔(はいがん)したきりそれっきりらしいし」
オメェなら、大僧正の病状(びょうじょう)は知ってんだろ?
「さよう。とうに、“視えて”おります」
老妖(ろうよう)は、人差し指と中指を立て、口角をあげた。
温厚を絵に描いた老獪(ろうかい)である。
実態は、人心を読み取る銀嶺(ぎんれい)の“山神”。
名を、『サトリの翁(おきな)』という。
「なれば、教えたもう」
「わ、わしもみてくれい。この『カサ』ァ―――いったい、いつになったらおさまるんだ?」
「あなたがたのみにくい執着心がおさまりましたれば、お教えして差し上げましょう」
一瞬、時が止まった。
「は、はははっ、そう冷てェコト言うなや、なっ?」
「いま、『ぶっ殺すぞ』と思いましたね?なればわたしは『反吐が出る』とお返しいたしましょう」
「あンだとォォォ!!!」
フィクサーは激昂し、コーヒーカップをはらいおとした。
「サトリの。それはちと言い過ぎですぞ?」
「あなたも同様です。心配せずとも、あなたが八大天狗の次期総帥になる日は永久に来ません。それだけはお伝えしておきます」
この上ない侮辱(ぶじょく)に、眉を寄せるテング。
「やめよ、豊前の」
ことばでなだめるタヌキ。
テングは、足元かわ湧き出る殺気を、すっとおさめた。
はははははは―――声高にひびく笑い声が、大部屋にこだました。
こつこつと、革靴の音がひびく。
「だれもが予測できんだろう。オメェら、権威(けんい)ある“栄光”の座を、こっそり狙ってやがる」
「ほざけ。だれがそんなことを?」
「“カオ”に、そうかいてあんだよ」
フィクサーは、ふんっと鼻を鳴らした。
「おぬしがくるのはめずらしいのう。知っておったかサトリの」
「イカレタ“仙妖(せんよう)”に訊くんじゃねぇよ」
「おぬしを見るのも―――82年ぶりか」
「タヌキジジイも、元気そうでよかったぜ」
「ウワサでは、白ギツネらと結託し、なにやら画策しておるようじゃが?」
「わが国家機関も、オメェの言動にはつねにアンテナを張り巡らせている。最近、ちょこちょこ動き回ってるようだが」
まさか―――わしら人間界に何かしようとしてんじゃねェだろうな。
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