秋の風物詩。

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「そういえば水上さん、出力見本出来てますけど」 「ええ、先程小池さんからの留守電聞いて取りに来ました」 元々の電話の用件はそれだったのだから、この返答もあながち嘘ではない。 水上は立ち上がり、瀬名から封筒を受け取って真っ直ぐ玄関に向かった。 すぐ後ろを瀬名が追ったのは見送りのためだ。 「夜分に失礼しました」 あやのに聞こえるようにそう遠くに投げ掛けた水上が、少し腰を屈めて瀬名に顔を近付けた。 「小池さんいるから大丈夫そうだね。終わったら隣来てね。待ってるから」 「はい」 「それと、妹さんに連絡しておいて。『帰り遅くなる』って」 そっと耳打ちされて、瀬名の頬がみるみる赤味を取り戻す。 「『明日の朝帰る』でもいいよ?」 「…っ、もうっ、鷹洋さんて時々紳士じゃない!」 最後に胸板に可愛いパンチを見舞われて、水上は事務所を後にした。 来客者専用駐車場。停めた車に戻ってもなお自然と口元が緩む。 (ヤバい。俺ってこんな思い出し笑いする奴だったっけ) 彼女の職場でキスまでとはいえ行為に及んだ事を反省すべきなのに、沸々と思い浮かぶ出来事に笑みをたたえずにいられない。 新発見が二つ。大嫌いな生き物と、それを目の前にした時の大絶叫。 そして相変わらず可愛い、羞恥を感じている時の潤んだ瞳で見上げるカオ。 想起しながら、とりあえず車を店の方に移動させようとエンジンをかけると、一枚の葉がワイパーに引っ掛かっている事に気が付いた。 どこからか散って舞い降りたらしいもみじだ。 車を降りて手に取った紅色を見つめる。 ―――もみじに負けないくらいの真っ赤な頬でむくれた彼女を、また見てみたい。 不埒な願望を抱いた自分にはたと気付き、今度は自嘲の微笑を浮かべる水上であった。 Fin.
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