真夏の名残の花。

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瀬名は相手に気付かれないぐらいの小ささで頬を膨らませた。 が、水上には見抜かれていたようで。 「はは、ごめん。怒んないで」 「怒ってないです。 運動音痴なのは本当の事ですもん」 「やっぱり怒ってる。敬語だし」 「敬語はもとからですっ」 不満を可視化させたらミジンコほどのサイズでしかなかったのに、詰められたせいでまるで大きな怒りを露わにしてるみたいだ。 (基本紳士なのに、時々こうやってからかうんだから) 瀬名が上目遣いで見やると、水上が格子から体を起こし彼女の隣に腰を下ろした。 真横から吹く風が彼の体で遮られた。 階下の屋内展望台やビアガーデンに流れているのか、スカイバルコニーに人影はまばらだ。 屋外での密着には未だ慣れない。 人目がある中どう距離を取れば良いのか分からずに、心と体がくすぐったくなってしまうのだ。 長年連れ添った夫婦等が、パートナーを『空気のような』存在と指す事があると聞く。 それだけ自然で当たり前の存在という意味合いだろうが、自分の水上に対しての意識はまるで真逆だ、と瀬名は思う。 彼の隣は常に非日常の感覚だ。 空気どころか、時に息が苦しくなるほどドキドキソワソワと気が忙しくなる。 瀬名が横目で窺うと、前屈みに座る水上と目が合った。 送られた微笑みが妙に眩しい。 いじけたふりをしてみたいところだったが、そんな策は即刻吹き飛ぶ。 足の不自由な自分を考慮して場所を選んでくれた事が素直に嬉しくて、瀬名は彼と同じ微笑みを返すのであった。
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