秋の風物詩。

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水上から伸びた手が瀬名の頬を包む。 耳の後ろにかけるように、長い指でゆっくりと髪を梳く。 「たかひ…」 紡ごうとした名は唇によって遮られた。 「もう一回」 離れた隙間からねだる、水上の甘い声。 瀬名の後頭部に片手を回し、ほんの少し圧を加えて、よろめきそうになる彼女の確実な支えを作る。 そしてまた、塞ぐ。 「ん…」 静謐な密室に漏れる吐息。 挿入してきた舌に応えようとする瀬名だが行為はぎこちなく、水上の腕を掴んでいた手の平が思わず力んでしまう。 唇の上を舌でなぞる。 角度を変えて再び封じ込められる。 『もう一回』だなんて、ちっとも一回で済んでないじゃないか。 互いがそう思った―――その時。 「あれっ、瀬名ちゃんまだいたの?」 二人の肩がビクッと同時に跳ねた。心臓の跳躍も凄まじい。 玄関扉の開閉音と共に突如降ったのはあやのの声である。 「水上さんまで…ていうか二人とも何してるの?」 「さ、さっきマグカップ倒しちゃったんで拭き掃除を…」 あやのが作業部屋に入って来る直前、咄嗟に取ったポーズは、瀬名はデスクの上をウェットティッシュで、水上は四つん這いになってハンカチで床を拭く仕種。 つい数分前には実際に拭いていたのだから、供述はあながち嘘ではないが。 「あやのさん、確かお客さんとこから直帰のはずじゃ…」 「んー。そうしようと思ったんだけどやり残した事思い出して。 なぁに?もしかして私が来たら都合悪かったりとか?」 「いいいえっ!決してそんな事は!断じて!」 どもりながら目一杯の振り幅で首を左右に振る瀬名は、お世辞にも演技力があるとは言い難い。
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