605人が本棚に入れています
本棚に追加
公衆電話を使うのなんてどれくらいぶりだろうか、妙な緊張感が瀬名を襲う。
おそらく彼女の人生の中でも数える程しかない。
以前保志沢が『昔はポケベルってのがあって、皆が連絡したさに公衆電話に長蛇の列ができたりしたもんだよ』なんて言っていたのを、頭の片隅で思い出す。
記憶にはあまり残っていないし、周囲は列どころか閑散とし過ぎているが、当時の人達も今の自分と同じ様にドキドキしていたのかも、と瀬名は思う。
プルルルル…
プルルルル……
何度かコール音を鳴らすも相手が出る気配は無い。
(…う、出ない…。間違えてかけてないよね…?)
公衆電話の液晶画面に表示された番号と、自らの左手に書かれた番号を交互に見比べるが確かに合致している。
プルルルル…
何度目かのコール音に続き、留守番電話サービスを促すガイダンスが流れてしまうと、瀬名は慌てて受話器を下ろした。
まずは十円玉が一枚消えた。
(…仕事中かな)
定時は六時だからそれ以降ならすぐ出れると水上は言っていた。
(今、何時なんだろ…)
時間を確認しようにも今は携帯電話は持っていないし、腕時計もはめていない。
自分の帰宅時間から考えて、きっと六時を過ぎた頃だろうと思ったが、確信の持てない瀬名は不安に駆られた。
(迷惑かな……
でも……
―――えぇぃ、なるようになれ…っ!!)
半ばやけくそという名の勇気を振り絞って、もう一度受話器を取る。
再び十円玉を投入し、一つ一つ慎重にボタンを押していった。
『……はい』
受話器から男性の声が届いた。
最初のコメントを投稿しよう!