605人が本棚に入れています
本棚に追加
―――どれくらい経過しただろうか。
携帯電話も腕時計もなく、周囲にも時刻を確認する術は見当たらない。
春の陽射しは暖かいが、陽が暮れ始めて温度差は途端に顕著だ。
昼間の陽気さには適していた薄手のパーカーは風を通してしまい、瀬名は肌寒さに身を震わせた。
けれど、こうして待っている間も、寒さは二の次に彼の事ばかり考えてしまう。
(会社って近いのかな…)
思えば、ほとんどの事柄において水上からは直接聞いていない。
二度会っただけで尋ねる機会が無かったせいもあるが、あまりにも彼の事を知らなさすぎる。
会社の場所も、下の名前も、年齢も。
年齢以外は名刺に書いてあったかもしれないが思い出せない。
知っているのは『イズミ建設の営業マンである水上』という事実、そして携帯電話の番号だけだ。
―――ブオォォン…
花壇のレンガの上に腰掛けていた瀬名は、自分の前を通り過ぎる車のエンジン音を聞く。
俯いていた顔を上げると、目の前の広々とした駐車場に一台の銀の車が停車した。
確実に駐車されると、運転席側の扉が素早く開く。
現れたスーツ姿の長身は、ゆっくりと瀬名に近付いた。
「…おまたせ」
「水上さん…!」
柔らかな声で微笑む水上。そして彼を見上げる瀬名。
二人の姿を、薄暗くも淡いオレンジの夕日が影を作った。
最初のコメントを投稿しよう!