桜とスーツと携帯電話。

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―――どれくらい経過しただろうか。 携帯電話も腕時計もなく、周囲にも時刻を確認する術は見当たらない。 春の陽射しは暖かいが、陽が暮れ始めて温度差は途端に顕著だ。 昼間の陽気さには適していた薄手のパーカーは風を通してしまい、瀬名は肌寒さに身を震わせた。 けれど、こうして待っている間も、寒さは二の次に彼の事ばかり考えてしまう。 (会社って近いのかな…) 思えば、ほとんどの事柄において水上からは直接聞いていない。 二度会っただけで尋ねる機会が無かったせいもあるが、あまりにも彼の事を知らなさすぎる。 会社の場所も、下の名前も、年齢も。 年齢以外は名刺に書いてあったかもしれないが思い出せない。 知っているのは『イズミ建設の営業マンである水上』という事実、そして携帯電話の番号だけだ。 ―――ブオォォン… 花壇のレンガの上に腰掛けていた瀬名は、自分の前を通り過ぎる車のエンジン音を聞く。 俯いていた顔を上げると、目の前の広々とした駐車場に一台の銀の車が停車した。 確実に駐車されると、運転席側の扉が素早く開く。 現れたスーツ姿の長身は、ゆっくりと瀬名に近付いた。 「…おまたせ」 「水上さん…!」 柔らかな声で微笑む水上。そして彼を見上げる瀬名。 二人の姿を、薄暗くも淡いオレンジの夕日が影を作った。
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