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「あ、ありがとうございます…」
水上の顔を見る少しの余裕が生まれ、瀬名は丁寧に頭を下げた。
腕を通さず肩に羽織ったジャケットは、まだ残る彼の温もりがくすぐったい。
(あ、またこの匂い…)
昼、彼に出逢った直後に抱き締められた時と同じ爽やかな香りが、瀬名の鼻をかすめた。
(…何話したらいいんだろ…)
会いたいと願っていた筈なのに、いざ本人を目の前に話題に困ってしまう。
しんとした空気が体を纏う。
辺りに若干の花見客はいるようだが、平日の夕方という事もあってか屋台も閉まっており人影はまばらだ。
大通りから入った公園内は実に静かで、内心躊躇う瀬名の面持ちをより一層固くさせていた。
「…本当に電話くれたから驚いたよ」
瀬名の心境を察してか、先に沈黙を破ったのは水上だった。
うっすらと笑みを浮かべて、口元に手を添える。
「最初に体育館の前の公衆電話に行ったらいなくてさ。
で、公園の事務局の人に電話の場所聞いたら、池の裏の駐車場にもあるって言うから、来てみたら本当にいるし。
まさか、ちゃんと連絡くれるなんて…」
「…っ、字が消えないうちにって言うから…。
今日中に電話してねっていう意味かなって、思いまして…」
「ハハ、正解。やっぱり手の甲に書いておいて良かったね。
また、こうして会えたんだから」
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