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しんと静まり返った車内で、二人の距離が狭まった。
彼の手のひらが瀬名の赤い頬を掠めたかと思うと、耳の上でその動きは止まる。
「桜の花びら、ついてる」
「え…?」
見れば水上の長い人差し指と中指の間には、桃色の小さな花弁が一枚挟まれていた。
公園の咲き誇る桜も、いよいよ終盤。
役目を終え散っていった桜の花が、いつの間にか瀬名の髪に入り込んでいたようだ。
「知ってる?散らずに残った桜を『名残の花』って言うんだって」
「なごり…?」
「そう、名残惜しいの『名残』。今まさにそんな感じだね」
ただ地面へと落ちる筈の運命だった桜の花びらが、瀬名の髪へと絡まり留まっている。
今もなお咲き続けているかのような様は、まるで『名残の花』。
そして目の前の相手への別れ難い思いは、まさに『名残惜しい』という事実だ。
「どうぞ」
そう言うと水上は、摘まんでいた花びらを瀬名へと差し出す。
「…水上さん…一つ、聞いてもいいですか…?」
―――ずっと気になっていた事がある。
彼の一挙一動を心から信じるに足りないのは、片時もそれが頭から離れず不安と共に渦巻いていたからだ。
精一杯の勇気を振り絞り声に乗せる。
「…っ、あの、本気…なんですか…?」
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