桜とスーツと携帯電話。

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顔を真っ赤にして見つめる瀬名の瞳がじわりと滲む。 具体的に何が、と聞かずとも察してくれる事を願い、それ以上言葉を続けられない。 本気か、否か―――。 初めて出逢った日から常にそれは渦巻いていて。 数々の甘い仕種やささやきは、たったそれだけの疑問でいとも簡単に打ち消されてしまう。 『仕事抜きで、君と話がしたい』と言った事。 今日、再会した瞬間に自分を抱き締めた事。 握った手、掛けてくれたスーツのジャケット、それから…。 水上は彼女の頭をポンと優しく撫でる。 「言ったよ。一目惚れだって」 ―――その言葉も本気ですか? 本心はそう尋ねたい瀬名だったが、 「…送って下さってありがとうございました」 話題を逸らすかの様に礼を述べるとシートベルトを外す。 「お仕事頑張って下さい。それじゃ、また」 「…あぁ、また近いうちに」 どこかぎこちなさが漂う会話を交わして、瀬名はそっと車を降りた。
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