桜とスーツと携帯電話。

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水上を乗せた車が、次第に遠い暗がりへと溶け込んでゆく。 瀬名はその様子を眺め終えると、未だ高鳴る鼓動を抑えてアパートの階段を上った。 玄関扉の鍵を開ければ、家を出た時と変わらず人の気配は無い。 (沙那…まだ帰ってないんだ) 玄関フロア、リビングと灯りを点け終わると、途端に漏れたのは深い溜め息だった。 (…緊張したぁ…) 彼の指先が触れた箇所が何だか熱い。 頬だけでなく、耳や髪の芯さえも。 何かしてくるのかと予感し、思わず目をつぶり肩をすくめてしまった自分が恥ずかしい。 “言ったよ、一目惚れだって” 彼の声が頭の中で響く。 信じていいのだろうか。 素直に、自分の思いのままにと決した筈の心が再び揺れ始めた。 ―――と、リビングのテーブルへ向かおうとした彼女はふとある事に気が付いた。 「あぁっ!!着てきちゃった…!!」 独り言はあまり言わない主義の瀬名だが声高々に叫んでしまう。 公園で水上が掛けてくれたなり、そのジャケットを着たまま家まで持って帰ってしまっていた。 (れ、連絡しなきゃ…って、そうだ、携帯ないんだった…) 再び公衆電話で呼び出す訳にもいかないし、緊急で会社に戻ると言っていたから忙しいだろう。 貴重品がなければいいが。 失礼とは思いながらも、瀬名は彼のジャケットのポケットを一つずつ探り出す。
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