600人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
水上を乗せた車が、次第に遠い暗がりへと溶け込んでゆく。
瀬名はその様子を眺め終えると、未だ高鳴る鼓動を抑えてアパートの階段を上った。
玄関扉の鍵を開ければ、家を出た時と変わらず人の気配は無い。
(沙那…まだ帰ってないんだ)
玄関フロア、リビングと灯りを点け終わると、途端に漏れたのは深い溜め息だった。
(…緊張したぁ…)
彼の指先が触れた箇所が何だか熱い。
頬だけでなく、耳や髪の芯さえも。
何かしてくるのかと予感し、思わず目をつぶり肩をすくめてしまった自分が恥ずかしい。
“言ったよ、一目惚れだって”
彼の声が頭の中で響く。
信じていいのだろうか。
素直に、自分の思いのままにと決した筈の心が再び揺れ始めた。
―――と、リビングのテーブルへ向かおうとした彼女はふとある事に気が付いた。
「あぁっ!!着てきちゃった…!!」
独り言はあまり言わない主義の瀬名だが声高々に叫んでしまう。
公園で水上が掛けてくれたなり、そのジャケットを着たまま家まで持って帰ってしまっていた。
(れ、連絡しなきゃ…って、そうだ、携帯ないんだった…)
再び公衆電話で呼び出す訳にもいかないし、緊急で会社に戻ると言っていたから忙しいだろう。
貴重品がなければいいが。
失礼とは思いながらも、瀬名は彼のジャケットのポケットを一つずつ探り出す。
最初のコメントを投稿しよう!