607人が本棚に入れています
本棚に追加
「…それにさ、
もし、だよ。もし純粋に私の事を好きだと思ってくれたとしても、オタクって知ったらやっぱり遠ざかっていくに決まってるよ。
それは、お姉ちゃんだって知ってるでしょ?」
「……うん…」
―――瀬名は身を持って知っていた。
漫画やアニメ、ゲームが好きだと、胸を張って言えない人が少なくない事を。
そして彼女自身も間違いなくその一人で、絶対に気付かれないようにと常日頃注意を払ってきた。
打ち明けてしまった時の相手の反応、周囲の目。
本当の自分をさらけ出す恐怖。
それを乗り越える勇気は、遠い過去に掻き消されてしまった。
隠し続ける事で日常の居場所が確保されるのなら、わざわざ披露する必要なんてない。
まるで昨日観たテレビのバラエティー番組を語り合うかの様に、気軽に話す事が出来たらどんなに楽だろうか。
だけど一度それを犯してしまえば、途端に安全な足元は崩れてしまう。
ましてや『同人』は一般的には理解され難い。
瀬名は活動こそしていないもの、そういった類いの本は好んでよく読む上、落書き程度だが絵も描いている。
だから尚更、決して周囲に悟られる事のないようひた隠し続けていた。
もう、あんなにも辛く悲しい思いはしたくないから―――。
二人の目に悲しみが宿った。
苦い過去が蘇る。
もう随分前の出来事だ。
「…ごめん、お姉ちゃん…思い出させちゃった、よね…」
「いいよ、気にしないで」
重い空気が漂う中、お風呂入ってくるね、と告げた沙那は静かにリビングを後にした。
最初のコメントを投稿しよう!