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いつの間にか、エンジン音と揺れは消えていた。
運転中はずっと前方を見ていた水上だったが、どこかに車が停められている今、運転席の扉にもたれ掛かり体と視線を瀬名に向ける。
瀬名の大きく見開いた目は、まるで石になってしまったかの様に彼の視線に囚われ逸らす事が出来ないでいた。
(彼氏、として―――…)
即ち『俺と付き合ってほしい』という意味なのだと呑み込む。
「無理強いはしたくない。君に決めてもらいたいから。
…でも、考えておいてほしい」
熱く射る様な眼差しとは裏腹に、彼の言葉は柔らかく。
これまでの行動を思うとギャップを感じずにはいられない。
名刺を押し付けたり、再会したと思えば抱き締めたり、手を握ったりと、どこか強引な節があった水上。
今とて車内という限られた密室の中で、彼女の細い体を腕に抱く事などいとも容易いはずなのに。
「答えは急がないから」
何も答えられないでいる彼女の頭をぽん、と一つ撫でる。
「さぁ、着いたし、降りようか」
そう言うとシートベルトを外し運転席の扉を開けた。
「…えっ」
ここはどこだろう、と瀬名はキョロキョロ周囲を見渡してみる。
「よく知ってる所だと思うよ」
微笑む水上は車から降り、固く締められた首元のネクタイを少しだけ緩めたのだった。

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