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瀬名は思う。
水上は『前社長の息子』という周囲からの偏見を嫌いながらも、それに屈しない努力を続けているのだ、と。
(…じゃあ、私は…?)
ただ常に、己の素の部分を見られる事を恐れている。
いつも誰かに対して距離を置いて、必死に保とうとしている。
好きな事を好きと言えずに苦しくて、
でもその感情には蓋をして、取り繕ろう事を良しとする日々。
『オタク』だとバレると離れていってしまうから―――中一の秋に味わった辛い経験から、本当の自分を見せる事は即ち身の破滅だと教訓としてきた。
けれど、その信念は果たして正しかったのだろうか。
(…私は、自分自身を守る為にしか努力してない。
ううん、こんなの努力っていえない…)
青信号となり、車は流れに従い動き出していた。
再び訪れていた暫しの沈黙に気付き、また考え事をしてるね、と水上に指摘されてしまいそうだと瀬名は口を開く。
「あ、料理ってどんな事されてたんですか?」
「主にフレンチ、かな。名古屋の個人のフランス料理店でシェフとして働いてたから」
「フレンチ…」
若干二十歳の彼女は、経験のないジャンルに思わずその単語を呟いてしまう。
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