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「まぁ色々あるよ。
賃金だとか仕事内容だとか人間関係だとか、転職理由は人それぞれだからね」
からりとした声で、だがどことなく憂い気な表情で、水上の運転は休まずに続けられる。
(…あ、しまった…)
人の転職理由を訊くなんて、面接官や図々しいオバサンではあるまいし。
まして懐に踏み込まれる事を一番嫌がっているのは、自分自身の筈なのに。
「…そうですよね」
「いや、それよりもさ。
…そうだ。フレンチ行った事ないなら作ってあげようか。
だいぶ久しいけど、体は覚えてるだろうし。味はちゃんとしてると思うよ」
「本当ですかっ!!わー、嬉しいです!!
どうしよう、嬉しすぎる!何作ってもらおう…」
水上からの提案に、瀬名の心は踊るようにときめいていた。
が、喜びも束の間ふとした疑問が浮かび上がる。
「あれ、でもどこで…?」
「んー、君の家…か俺の家?」
口の端を軽く吊り上げ、瀬名の顔を一瞬だけ見やる水上。
「どう?」
(…どうと訊かれても…っ)
いくら料理をごちそうになるからといって、どちらかの自宅にどちらかが訪ねるという事は、
二人きりの室内であれば、当然『そういう事』も想定される訳で。
歓迎すれば、案外肉食系だね、と思われかねない。
だが嬉しいと大喜びした手前、断るのも不自然な気がしてしまう。
「………えと、あの…」
頬を染め、問われても何ら答えの出ない瀬名の様子に、水上はクッと喉を鳴らした。
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