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「…桜は、もう終わったかな」
「え…?
あ、そうですね。昨日の雨で少し散っちゃったかもしれません」
不意を突かれた彼の質問に答えながら、瀬名の脳裏には一つのワードが思い浮かぶ。
「名残の花…ですよね、まだ散ってない桜の事」
「はは、奇遇だ。丁度同じ事思ってたよ。
ちゃんと覚えてたんだ」
「はい」と照れ臭そうに瀬名は答える。
(水上さんも、同じ気持ち…?)
今まさに離れ難い『名残』惜しい気持ちは自分だけではない、互いに抱いているのだと認識してしまうのは自惚れだろうか。
「それじゃ」
「はい、また」
今度ばかりは確実に、水上を乗せた車は瀬名の元から遠ざかっていった。
暗闇に溶け込むボディを見送りながら、瀬名は今宵自身に起こった出来事を反芻していた。
水上に会えた事。
彼に連れられ、シェフである津田のオムライスを食べた事。
彼に抱き締められた事。
告白をされた事―――。
思い返せば再び、心臓は穏やかな波から次第に高く打ち始める。
顔も一層赤く染まっているかもしれない。
それは少しだけ飲んだワインのせいだけでは到底ごまかしきれないだろう。
(……あっ、結局名刺のこと言いそびれちゃったし…)
瀬名は、彼に触れられた感触の残る首筋を無意識にひと撫ですると、
夜遅い時刻だから足音が響かぬように、アパートの共同階段をそっと上っていった。
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