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だが瀬名にしてみれば、ここ数日の忙しさはむしろありがたく感じていた。
余計な事を考えずに、一つの思考に捕らわれずに済むからだ。
水上と女性が共にいる姿を駅構内で見かけた日曜日、彼からの電話はなかった。
その日以降、今日(こんにち)まで水上からの着信を携帯のディスプレイが示した事は一度もない。
彼もまた、忙しいのだろうか。
それとも……。
自分への興味が無くなったんじゃないか、などと嫌な疑念を必死に振り払う。
だけど、こちらから連絡するにしたってどんな言葉を選ぶべきか分からない。
今の想いも、彼への答えも全てがぐちゃぐちゃだ。
イズミ建設のサイト制作に必要な原稿は現時点では揃っており、会社から連絡する事もない。
彼の声を聞く機会を見つけられずに、瀬名はただ目の前の慌ただしさに翻弄されていた。
「私も今週は大変だったけどさ、沙那はどうだった?」
「ん、別に。いつも通りの平和な仕事だったよ。
春の文具フェア、なかなか売り上げ良かったみたいだし」
「そっか。あの企画は今どんな感じ?」
「あの企画、って…………あ、ねえ、ケータイ鳴ってない?」
耳をそばだてれば、どこからか発せられる流暢な電子メロディー。
「私のケータイここにあるけど着信きてないし、お姉ちゃんのだよ」
「え?あれ、どこに置いたっけ……あっ」
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