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しゅるりと、シートベルトの装着音が小気味良く響いた。
(もう、この席は何回目かな…)
エンジンをかけ、ギアを切り替える彼の隣で、瀬名は初めて助手席に乗せてもらった時からの事を反芻していた。
相変わらず、この緊張感に慣れる事はない。
加えて今回の緊張は、これまでの期待や高揚と違ってネガティブ要素の方がうんと多い。
何事も考えすぎてしまうのが彼女の欠点でもあるが、今日はそれの最たるものだ。
二人を乗せた車は、コインパーキングから静かに走り出した。
いよいよ訪れた打ち明ける日。
じわじわと確実に迫る現実と、車の進路が彼の自宅だという事実に、瀬名の鼓動が音を立てる。
(水上さんちに行くの二回目だ…)
「…やっぱり、展望タワーだけは寄ろうか」
静まり返る車内で、水上がぽつりと漏らした。
「折角だし、ちょうど夕陽が綺麗に見える時間だろうから…いい?」
「あっ、は、はい…」
瀬名の胸に広がったのは、一ヶ所だけでも水上と立ち寄る事が出来るという喜び。
そして、彼の自宅に今すぐ向かう訳ではないという安堵と、少々寂しさの混じった複雑な感情。
ただし、“隠していた事”を言わずに済む方向に転換された訳でなく、近い未来に先送りされただけに過ぎないのだけれど。
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