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「……え…」
「好きだ」
『嫌いじゃない』と言ってくれた事が無性に嬉しい。
過去から繋がる苦しみを、少しでも和らげてあげたい。
強がった生意気な口調も、むくれながらはにかむ顔も、笑顔の瞬間も。
全てが、好きだと気付いた。
「俺に賭けろとは言わない。俺に、少しだけ気持ちを預ける事は出来ないか」
絶えず強気で無遠慮な星也だが、今の彼はその姿勢は控えめだ。
「…い、つから、私の事…」
「一週間前に落ちた。でもってさっき、話を聞きながら確信した。
やっぱり、お前が好きだって」
「…一週間前って…」
「察しの通り、お前が保志沢のマンションに泊まった日だ。
別れ際に玄関で見た、笑顔の可愛さに惚れた」
嘘もお世辞も吐けない性分だと彼は自負していたが、あまりにストレートな物言いだ。
沙那は口をつぐみ、伏し目がちに地面を見た。
沈黙が流れる。
五月も終わりの、湿気った風と共に。
「返事はすぐじゃなくていい。
ゆっくりでいいから、考えておいてくれないか」
静寂が降りおちたのち、沙那はこくりと首を縦に振った。
「帰ろう」
星也が一歩を踏み出す。沙那も後に続く。
お互い無言で、駐車場まで続く柔らかな土を踏みしめるブーツとスニーカーの音が、それぞれの耳に響く。
今日が彼女を後ろに乗せる最後の機会でない事を、切に願って。
リヤシートの後部に沙那が腰掛けたのを確認して、星也はバイクのエンジンを駆動させた。
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