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一刻も早く眠りから目覚めさせねば、また足蹴りを食らいかねない。
「……ん…」
「起きろっ!!」
「………あ、おかえり…ご飯冷蔵庫の中だから、洗濯物よろしく……」
「は!?」
ソファーの座面に顔を埋める沙那はくぐもった声で、星也の顔も見ずゴニョゴニョと呟いた。
―――冷蔵庫?洗濯物?
夕食として買ったはずの弁当は、手つかずのままテーブルの上だが。
(誰かと間違えてんのか?)
寝惚ける彼女の台詞が、時々姉の帰宅時に発しているものであろうと星也の察しがついたのは直後だった。
星也は溜め息を吐き、立ち膝の姿勢から真っ直ぐ立ち上がる。
どうしたものかと、嘆くように天井を仰いだ。
「……行かないで」
か細い声が耳に届くや否や、星也の腕が後方にさらわれた。
手首を、沙那の手の平が掴んでいた。
夢うつつの状態とは思えない力強さと口調の明確さに、星也の目が大きく開く。
「おい―――」
「知らない人のとこに、行かないで…お姉ちゃん……」
「………」
どこまでも姉の影で占められている思考だと、呆れとも感心ともいえない眼差しが沙那に注がれた。
力強いとはいえ彼女の握力は、振りほどこうと思えば男性の星也からすれば容易い事だ。
だが腕を引く力に、彼は抗わないでいる。
掴まれた体勢を保ったまま、星也はその場にもう一度、静かに腰を下ろした。
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