叶わぬ恋にさよならを。

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仲良し北川姉妹の自宅アパートで、睡眠時間を除いた滞在率が最も高い部屋はリビングである。 録り溜めた番組やDVDを観るのも、レコーダーとテレビがあるリビングで(パソコンからも視聴出来るが質と機能性はテレビの方が上等) 単行本や雑誌を読んだり、時には原稿を持ち込んだり、食事をするのも当然リビングである場合が多い。 というのも、一番の目的は空調の恩恵だ。 北川家唯一のクーラーはリビングにしかない。 暦はすっかり夏へと移った七月。 リフォーム済みとはいえ、築三十年の鉄筋コンクリート造のアパートを、クーラー無しで過ごすのは非常に耐え難い。 しかし現在、リビングで一人座り込む沙那はクーラーのスイッチを入れていなかった。 否、入れる余裕がなかったと表す方が適切か。 今しがた帰宅したばかりの沙那は、頭を垂らして大きな溜め息を吐いた。 彼女の腕の中には、新品のヘルメットが一つ。 ベージュを基本に鮮やかなオレンジ色のラインが入ったバイク用の物だ。 (…何もしなかったじゃない、今日は。 この間は…手に、してきたくせに…) 『してきた』のは、もうひと月も前の事。 帰り際に彼から落とされた、手の甲へのキス。 らしくないし、堅物に見えて本当はキザな奴だったのかと印象が上塗りされたが。 何よりもあの日に刺さったのは、彼からの想いだ。 (私の事…好き、だなんて…)
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