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(お礼…まだ言ってなかったっけ…)
沙那は起き上がり、テーブルの上の携帯電話を手に取った。
先日の帰りは自宅アパートの前で姉と遭遇してしまい、直接お礼が出来る最後のチャンスを逃してしまった。
以来、電話もメールもお互いなく今日に至る。
しかしいざ、となるとなかなか適切な文が思い浮かばないのが現実だ。
悩みに悩んだ挙げ句、携帯のディスプレイに『長浜星也』を表示させてから送信ボタンを押せたのは、それから十数分を経てからの事である。
携帯を置いた沙那は、再びペンを握り原稿と向かい合う。
だが一向に筆先は滑らずにいる。
たった今送ったばかりのメールの反応が気になって仕方ない。
送ったのは『この間はありがとう。楽しかった』
可愛らしい絵文字も顔文字もない、ただそれだけの一文だ。
何だか悔しい。
こんなにも気にさせられて。
振り回されているみたいで。支配されているみたいで。
だが気が付けば、自分の中に『あの人』の影はない。
思い出すのは何年も前の過去ではなく、ここ数ヶ月から数日を遡った出来事ばかりだ。
混沌とした淀んだ色ではなく、鮮やかな彩りの情景で。
それでいて、胸がきゅうと締め付けられる。
でも、苦しみじゃない。
繰り返し浮かべては、何度締められようとも心地好さに包まれる。
思い返すための新しいスライドを、もっと追加したいと望んでしまう。
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