小さな秘めごとの大きな代償。

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「主任の前職はご存知かしら」 「知ってます」 瀬名が水上から聞いているのは、県内のとあるフレンチレストランでシェフとして働いていたという事だ。 具体的な店名や、エピソードは聞いていない。 以前どうして辞めたのか理由を尋ねた時は、それとなくはぐらかされてしまった経緯もある。 「それからこの間、本屋で偶然会ったでしょう? その時の主任、料理関係の本を読んでたわよね」 念を押すような体(てい)だったが、瀬名は黙したまま聞いていた。 確かに先日は、水上が料理の本を読んでいる様子を目にした。 だがそんな些細な出来事、何の関係があるというのだろう。 「私が思うに、まだ彼は前の調理師という職に未練があるんじゃないかしら」 「…未練…」 「ええ、未練。本心では感じてるんじゃないかしら。 でもね、それじゃ困るのよ」 薫は困った素振りを誇張するかのように、首を傾げ頬杖をつく。 同性の瀬名が聞いても色香に溢れた声音は、世の男性が彼女に寄られれば大抵が落ちてしまうのではないかと思うほどだ。 「主任は会社にとって必要な人材なの。 料理をまたやりたいから辞めるなんて言い出されたらたまらないわ。 だから未練をきっちり断ち切ってほしいのよね。 ねぇ北川さん。 あなたから、前職は忘れて今の職務に専念しろってアドバイス出来ないかしら」 「…そんなのは、私が指図する事じゃありません」 瀬名は顔を上げて薫を見据えた。 強い意思を瞳に宿して。 「相談や愚痴なら彼からいくらでも聴きます。 でも、水上さんの人生は水上さんのものです。 私が彼の人生の選択を指図する権利なんてありません」
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