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まさか。まさか。
(違う…彼はそんなんじゃない…)
鼓動がしきりに大きな波となる。
呼吸もまばたきも忘却されかけた。
目眩を起こしそうだった。
脳裏を掠めるのは、数年前に突如襲われた詐欺事件。
妹沙那の、男性不信の発端となった出来事だ。
瀬名達の母を中心に一家を巻き込んで土地を詐取しようと目論んだのは、母に好意があるふりをして接近した一人の男性だった。
(…違う…あの人と同じなんかじゃ…)
「私、そのやり方はちょっとどうかと思うのよね。
同じ女の立場として考えたら、あまりにも惨めにさせられる残酷な行為じゃない。
だって最終的に見てるのは、自分自身じゃなくて“土地”というバックグラウンドなんですもの」
分かってる。言われなくたって。
客観視して、いかに卑劣な手段でむごい刃かという事くらい。
だがその矛先が実在して、今まさに自分に向いているなど到底認めたくない。
あの時の悲劇が再び訪れ、しかも自分が壇上に上がらされているなんて。
「それに非道徳的な手口を使ったって事が世間に知れたら、イズミ建設の印象が悪くなるでしょう。
だから北川さんに早めの別離をオススメさせてもらったの。
お互いと、それから先代が築いた会社の為にね」
「…どうして、どうしてそこまで言い切れるんですか…。
そもそも薫さんは、何でそんなに詮索するんですか。
水上さんの部下だとしても。いくら会社の為だからって…」
懸命に搾った声は震えていた。
意味が通じる日本語として組み立っているのかも、声量の調整が出来ているかも瀬名には分からなかった。
テーブルの端に追いやられていたウーロン茶に薫がようやく口をつけた。
「私、生保レディやってたの、今の職の前にね」
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