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『少々お待ち下さい』とインターホンの女性に待機を促され、ロビーでジャケットを羽織り直す瀬名。
打ち合わせや訪問時に重宝している、大人めのコットン素材の物だ。
「すみません、お待たせ致しました。
どうぞ中へ御上がり下さい」
ややあってロビーの奥の通路から現れた女性は、先程のインターホンと同じ声質である。
しかし瀬名が驚いた点はそこではなかった。
記憶に刻まれた、ほのかな甘い香り、そしてパンプスの床を打つ音が蘇る。
すらりと伸びた四肢に馴染むパンツスーツと、美女と指すに相応しいスタイルは―――。
(薫さん…)
「…あ、はい。では失礼します」
薫の後に続いてロビーを抜けると、案内されたのは個室の会議室だ。
広くはないが堅苦しい雰囲気はなく、奥に長い木製テーブルの上にはデスクトップパソコンが一台鎮座している。
「随分若い方がいらして驚きました」
「すみません。
予定していたスタッフの代理で私が来ましたが、滞りないよう努めます」
「いえ、実はこちらも水上がまだ戻っていなくて。
私が代わりに説明を受ける事になりました。
それよりも…」
部屋の照明が点灯すると、紡がれるのは薫の赤く艶めいた唇から。
「以前、お会いしましたよね?」
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