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「そうですね、先週本屋で」
内心、それ以外にも数回、と付け加える。
「うちの主任…水上と、お付き合いされてるんですか?」
「えっ」
ゆっくりと問い掛けた薫の唇に弧が描かれた。
瞬間、瀬名の心臓がどきりと鳴った。
パソコンを乗せたテーブルを挟んで向かい合う二人に、暫しの沈黙が降り落ちる。
いつだって彼女の姿が晒されるだけで、言動一つ一つに神経が研がれてしまうのは何故なのか。
加えてこの質問だ。
他意はないと、単なる興味本位で尋ねられたのだと思いたいが。
(どうして、そんな事訊いて…)
返答一つままならずに、言葉にならない疑問を脳裏に漂わせていると。
口元に手を当て、小さく吹き出した薫が沈黙打破の先陣を切った。
「困りますよね。他社の人間にそんな質問されても」
「い、いえ」
「あんまりにも可愛らしい方だったんで。すみません。
クライアントと制作会社の社員がわざわざ本屋へ一緒にって、どういう関係なのか確認したくなっちゃったんです」
肩をすくめて詫びた薫が、パソコンの電源ボタンを押す。
遮音性が高い部屋なのか、他のフロアからの雑音はほとんど混じらずに、起動音がクリアに耳に届いた。
「そういえば自己紹介が遅れました。
私、水上と同じ営業部の薫といいます」
にっこりと微笑むと同時に、目の前に差し出された名刺。
慌ててケースから自分のを抜いた瀬名は交換を済ませると、彼女から受け取ったそれに視線を落とした。
ロゴマークに社名、名前等といった紙面のバランスや書体は、水上に貰った物と同様だ。
『薫 満里花』
とりわけ大きなフォントサイズで記されていたのは、誰がどう見ても彼女の名を表していて。
なるほど、以前水上が言っていた通り『薫』が苗字である事に間違いない。
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