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涼の視線が水上に移る。
今しがた視界に収めていた空は、建物同士の隙間から天に昇るような大盛りの白い雲と、どこまでも続く下地の濃いブルーとのコントラストが眩しい。
だけどあの美しい積乱雲は、のちに大雨や雷をもたらす嵐の要素へ移り変わるのだ。
「水上さん。人の気持ちなんて、どう動くか分かりませんよ。
それに盗られる時の相場って、ターゲットの心が弱ってる時でしょう?」
涼の口の端が上がった。
凍り付いた水上の表情は溶解したが、入れ替わりに殺気立った眼差しが送られる。
その睨みに涼の顔付きにブレは生じない。
ここまで余裕の無い水上を相手にするのは初めてであったし、かつての対峙では動揺していたのは涼ばかりで、今は逆転現象が起こっていると言っても過言ではない。
「結局狙ってるんじゃないか」
「違いますよ。忠告です。
これからも出てくると思うんですよね、瀬名ちゃんをそういう対象で見る人」
「だからどういう意味だ」
「ウチ、あちこちから営業さん来るんです。プリンターの販売業者にシステム開発会社、それから出版社…皆さん表向きは真面目な方ばかりですけど、中にはきっといると思いますよ。
あわよくば、って下心秘めてる営業さん」
営業職は人との関わりが他の職種に比べとりわけ盛んだ。
それがプライベートに結び付くかは各々だが、単純に顔を知るという機会でいえばかなりの頻度だ。
そして彼女はまだ二十歳。
成人女性としての魅力がどんどん増していくであろう事は想像に難くない。
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