301人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
電話口で何度も欠勤を詫びる家政婦に『休日だし何とかなるから大丈夫。今日は休んでて』と見栄を張ったはいいが。
さて、どうしよう。
考えた挙句の17歳水上が、人生初のキッチンに立ったのはその日であった。
生まれて初めての調理は実にたどたどしかった。
レシピはネットで検索。
冷蔵庫と貯蔵庫と収納棚をひたすら漁り、切り方等の料理用語や火加減は想像を駆使。
とうとう完成したのは和食三品だ。
見た目はレシピ画像に出来るだけ近付けたが、一番の問題は味である。
その日の母親の驚愕と笑顔は、水上は一生忘れる事は出来ないだろう。
彼の人生を左右した大きな出来事だったと位置付けて間違いない。
『美味しい、美味しい』と何度も連呼され、こっ恥ずかしさのあまり母親から顔を背けたりもしたが。
同時に胸の底から沸き起こる感情は、かつて味わった事のない歓喜に満ちていた。
母親の反応は、子供の初の手料理に我が子の成長を喜ぶ親の情も含まれていただろう。
だが―――自分が作ったもので、こんなにも相手が喜んでくれるなんて。
調理時間の目安の倍以上も掛かった四苦八苦の過程も、その結果で全てが報われた気がした。
慣れない手つきながら、母親のためにと食べる人を思い描きながら取り組んだ過程が、実を結んだ思いだった。
作る喜びと、食べてもらえる喜び。
それまで与えられるばかりだった水上の人生に射したのは、自ら生み出すという魅力に溢れた光だ。
最初のコメントを投稿しよう!