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「建築について訊きに来た事もないのに」
「台所に立つなんて女の仕事だ」
「ウチは手伝いを雇ってるんだ。お前がやるべきじゃない」
「そんなくだらない事やってるから成績が下がるんだ。そんな暇があるなら勉強しろ」
「一人息子としての自覚を持て」
「責任を果たせ」
その日用意された夕食に父親は手をつけなかった。
息子が作っていると知らぬうちは、随分威勢良く頬張っていたというのに。
以後、水上が実家で料理をした事は一度もない。
父親の重圧に対抗する術はなく、無理にでもはね除けようとすれば自分はもちろん、家政婦まで責められるのは火を見るより明らかだった。
ましてや料理の仕事がしたいなど、言い出せる状況下でなかった事は言うまでもない。
新たな未来への羨望も、儚く消えた。
夢は見るべきでなかった。
これまでと同様、敷かれたレールを案内通りに辿る。
波風を立たせない最善の方法だと悟った。
進路希望表には、二年生の面談で表明した志望校そのままが記述された。
経済学部を選んだのはせめてもの反抗。
建築分野一本に絞りたくない思いからの選択だ。
しかし水上の意図とは裏腹に、父親からは「ビジネスマンや経営者としてのスキルをそこで養うといい」とかえって推奨される始末であった。
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