弱さを生んだ過去。

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時は流れ、大学生活も三ヶ月目を迎えた初夏。 訪れたのは突然の別れ。 母親が家を出た―――両親の離婚だ。 家庭内での夫婦関係は水上が高校生の頃に既に破綻していたが、決定的な行動が移されたのはこの時だった。 原因は世間でも最も高い理由として言われる性格の不一致らしかったが、実際のところは水上には分からない。 まだ未成年であった水上は“後継者”として父親側に残る事になり、母親は家を出てすぐに別の男性と再婚して収まった。 振り返れば、稀薄な母子関係だった。 発言権は常に父親側にあり、一般家庭から嫁いだ引け目があってか従順で控えめな母親。 息子に対しては、夫に遠慮して線を引いたような接し方で。 物心ついた時から在宅時間は深夜から早朝ばかりで、家事のほとんどは家政婦が担っていた。 家政婦と学校と塾と家庭教師、水上の一日を占める人間関係は身内以外ばかり。 果たして親子の絆と呼べる思い出などあっただろうか。 母親の消えた家のキッチンで、一つ、思い浮かぶ。 自分の初めての手料理を、『美味しい』と喜んで食べてくれたあの日だ。 顔を綻ばせながら口に運ぶ母親の姿が鮮明に脳裏に浮かぶ。 しかしそれは、決して二度目はなかった笑顔。 家政婦の時と同じように母親まで責められる事態を恐れ、再度彼女が体調を崩しても作る事が躊躇われた。 家を出た母親の住居を訪ねるのも、再婚相手の存在に気が引けた。 せめてもう一回ぐらい食べてもらいたかった―――。 水上の心を襲ったのは大きな虚無感であった。
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