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ファクシミリ搭載のレーザープリンターの前に立つ涼の脇を、瀬名とあやのが通り過ぎた。
気のせいならいいけれど。
そんな思いを馳せながら、涼は要件を済ませ手早く身支度を整える。
「滝本。ツナエッグとチーズのやつ頼む」
「……マジですか」
「マジ」
出掛け間際、彼の背中に飛ばされた星也からの指令。
あやのの対応といい星也の対応といい、悪く言えばパシリ的な扱いを受けてきている今日この頃に、可愛がってもらえてると解釈すべきか悩む複雑な心境の涼であった。
玄関扉を開ければ、否応なしに浴びせられる蝉の大合唱。
共有階段の隅に転がっている、カナブンだか何だかのひっくり返った死骸が侘しい。
先に車で乗りこんでいるであろう瀬名らを追いかけて、涼は階段を忙しく下った。
やがてロビーに出たところで、涼の足の動きがぴたりと止まる。
前方にはスーツ着の若いサラリーマン。
ここ数ヶ月で彼と会ったのは数回、だが涼の心情に容易く波を立てた人物だ。
何故ここに。
その疑問を自覚するよりも早く、涼は彼の名を呼んでいた。
「水上さん…ウチに、用ですか」
「…ええ、一応」
「今事務所に長浜しかいなくて。
小池だったら駐車場にいるんで、呼んできますよ」
「あ、いや、いい。
日を改めるから…ありがとう」
表面は営業スマイルだが、水上の返答は歯切れが悪い。
ここで涼の勘が働いてしまったのは、営業気質ゆえ洞察力に長けているからだろうか。
「…瀬名ちゃん、ですか?」
涼の窺いに、踵を返そうとした水上が静止した。
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