絆か、償いか。

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「過去に囚われてちゃ駄目だ」 愛しい彼女も、以前は過去の出来事に縛られていた。 本当の自分を見せられない苦痛と、見せてしまった時の相手の反応に怯えながら。 それでも、好きな人の前では偽れないからと、固い決意を抱いて打ち明けたのだ。 今でも鮮明に思い出せる。 夕陽のオレンジに染まる展望台で、彼女の震えた声、流した涙、歓喜に満ちた笑顔。 自分の胸に初めて飛び込んだ華奢な体。 過去から抜け出そうと自ら前に進んだ証だ。 「前を見よう。 俺も津田も、もう昔の話を持ち出すのはナシだ」 「分かった。でも応援は変わらずさせてもらうよ。 水上が幸せそうだと僕も嬉しいし。 “償い”抜きのお節介なら許されるでしょう?」 根負けしたように水上は小さく笑う。 「そこまで思ってもらえてるなら既に俺は幸せ者だよ。 だからいい加減、津田は自分の世話も焼いた方がいいぞ」 「はいはい」 再びコックコートを羽織った津田に見送られて、今度こそ店を後にした水上。 車の運転席に乗り込むも、暫し思惟にふけったのち携帯電話が取り出される。 「……話したい事があるんだけど……そう、直接」 きっぱりとした口調で、繋がった通話相手に投げ掛けると。 相手は水上からの電話を予期していたかのように、極めて冷静に現在の居場所を告げた。 (…瀬名。 もう少しだけ待ってくれるだろうか) 今宵の逢瀬も叶わぬ彼女に想いを馳せながら、エンジンを駆動させた水上の車は、陽の沈みきらない真夏の夜を走り抜けた。
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