絆か、償いか。

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「私が洋(ひろし)さんと仲が良かったのは、主任はご存知ですか」 水上の眉根はさらに寄せられた。 真っ赤に引かれた唇から紡がれたのは、息子の自分でも決して呼ばなかった父親の下の名だ。 逝去しているとはいえ、支店も持つ老舗企業の社長の立場にあった人間を、下の名で呼ぶ事例などそうはない。 「君の前職は、生命保険の外交員だったと聞いている。 それで親父と知り合ったとも」 こちらも瀬名から津田に、津田から水上へと伝えられた旨だ。 だが、ただの知り合いレベルではなさそうだと水上は捉えた。 薫と父親、二人の仲がどれほどのものか―――彼女が目的とする“使命”はこれに起因しているのかもしれない。 (二人の関係性を紐解く方が先か…) 瀬名への教唆を追及するよりも、こちらから回り攻めた方が近道のようだ。 「薫さん…君は俺がまだ料理をやっていた頃、俺が勤めていた店によく来店していなかったか。それも頻繁に」 僅かに薫は固まったが、薄い笑みを張り付けた表情はすぐに取り戻される。 「よくお気付きになられましたね。 確かに、名古屋のあの店にはよく通っていました」 「当時スタッフの間で話題になっていたよ。 月イチで必ず一人きりで食べに来る若い女性がいるって。 最近まですっかり失念していたけどね。 先日のここでの君の発言で思い出した」 “まだ料理好きなんですね” 退店間際に投げられた、瀬名も引っ掛かった台詞だ。 「俺は津田以外の会社の人間に、自分の料理に対する考えを話した事は一度も無い。 なのに君は、昔からそれを知っているような口振りだった」 「……」 「ピンときたよ。 あの時の女性は薫さんだって。 そして月イチの来店は、親父から頼まれた偵察だった。 そうだろ…?」
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