絆か、償いか。

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会社の一斉休日である水曜日、水上は車を走らせある場所へ向かっていた。 真夏の午後五時は、夕方と呼ぶには視覚的に随分明るい。 前方の反対車線側に見えたのは、外灯がなくともオレンジ色のレンガ調の壁が鮮明な建物は―――ソレイユだ。 “あの件に関して津田が義務感を感じてるなら、今後一切俺に付き合ってくれなくていい” そう言って店を後にしたが最後、水上は津田とは連絡を取らずにいた。 だが、それではいけないと気付かされた。 目を背けてばかりでは何の解決にも繋がらず、ましてや仲違いしたままでは後悔する日が訪れるかもしれない。 謝罪の言葉を言えぬまま永遠に会えなくなった、父親の時と同じように。 (…十年も前になるのか…) 改めて、過去の自分を思い返す。 父親との最後の会話は、お互い烈火の如くわめき怒鳴り散らし、相手を罵って終わった。 どうして言えなかったのか。 せめて一言、“ごめん”だけでも。 勝手に大学を辞めた事。 父親の希望を汲めなかった事。 全てを含めて、謝罪出来なかった事。 三年前の突然の報せは、後悔してもしきれない深い罪悪感を生んだ。 多大な罪の意識は、念願叶った料理人の道を道中で遮断させた。 チーフの名を捨て、コックコートを脱ぎ、父親の遺した会社で働く事が懺悔の証。 擦れ違った思いのまま世を去った父親も、それで浮かばれるんじゃないかと思っていた。
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