絆か、償いか。

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自宅アパートの玄関扉を開ける。 誰も居なくともただいまの挨拶は習慣だが、リビングの戸から漏れる灯りは沙那が先に帰宅している証拠だ。 「おかえり。今ちょうど御飯出来たとこ」 と、予想と違わず沙那のお出迎えである。 進んだリビングのテーブルには、冷やし中華と野菜スープが二皿ずつ、卓上マヨネーズ(冷やし中華にマヨネーズは愛知では定番だ)も欠かさずセッティングされている。 疲労困憊で帰宅した体に、完成した料理が待ち受けているのは心底有難い。 早速夕食にありつき、片付けと食器洗いまで一気に取り掛かった。 今週の食器洗いは瀬名の当番だ。 「…あ、あのさ、お姉ちゃん…」 シンクと対面する瀬名の背中に、狼狽えながらの沙那の声が投げられた。 「ん?」 「えっと…最近はど、どう…?」 口をすぼめ、小さな声でゴニョゴニョと呟く様は沙那にしては珍しい。 常ではむしろ逆で、なかなか結論を言わない瀬名に『えぇい!まどろっこしい!』と苛々する側の彼女なのだが。 「最近?うーん、今日はちょっと忙しかったかも。 でももうすぐお盆になるし仕事量も落ち着いてくるかな」 「仕事もなんだけど…その、プライベートな感じ、とか」 「プライベートって?」 「だからっ、か…彼氏さんと、とか」 「……何も変わらないよ?」 まただ。 ほんの一瞬躊躇して何事もないように、いや、楽しい出来事が起きたとでもいうように振り返り微笑む。
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