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問われて、瀬名の表情が暗転した。
はたと我に返り無理に笑おうとするも、引きつって上手く出来ないでいる。
「ひょっとして浮気でもされた!?」
気遣うというよりも問い詰めるような。
強張った表情の瀬名を覗き込んでの、沙那らしいダイレクトな物言いだ。
だが否定は出来ても、彼と距離を置いている現況はなかなか説明し難い。
「…う、ううん、浮気、とかじゃないの…」
「……」
「そんなんじゃなくて、ただ…」
信じたい気持ちと、信じる事が出来ない葛藤に揺れている。
ただそれだけの事が心を蝕み、彼との間に溝を作った。
あの日から、彼を信じなくては、とどれだけ自分自身に言い聞かせただろう。
だが何度唱えても上辺を塗りたくるばかりで、根本の不穏な感情を拭うには至らずにいる。
浮気とどちらがマシかなどという比較は愚問だが、もし彼が最初から騙すつもりで近付いてきたのなら、浮気の方がまだ少しは愛情を向けてくれていたかもしれない。
そんな風に考えてしまう自分にも情けなくなる。
「ただ…気持ちが擦れ違っちゃってるだけで…」
また、大した事じゃないという風に取り繕う。
誇張も考え物だが、自身の感情や身に起きた事柄を縮小表現してしまうところは彼女の短所でもある。
そのくせ繕い方が下手ときているから、見ている方は痛々しい。
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